福岡地方裁判所小倉支部 昭和29年(わ)1252号 判決 1958年8月20日
主文
被告人松隈攜、同波辺英生に対し各刑を夫々免除する。
被告人平尾武、同冷牟田治利はいずれも無罪。
理由
(本件発生に至る経緯)
日本国有鉄道労働組合(以下国鉄労組と略称する)は、日本国有鉄道の職員(本件当時約三万二千人)を以て組織され全国に二十七の地方本部を有するものである。
昭和二十四年六月一日、日本国有鉄道法施行と共に従来の国有国営の企業形態を変じ、日本国有鉄道(以下国鉄と略称する)という公法上の法人となつた。これと時を同じくして公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称する)が施行され、国鉄に於ける労使の関係も右法律により規律されることとなつた。
而して、国鉄労使間の年末一時金等についての紛争につき右法律に基く仲裁委員会裁定が昭和二十四年十二月四日頃なされた。しかし、これは政府及び国鉄当局により完全に実施されるに至らなかつた。
その後、数次の仲裁々定とこれが履行をめぐる当事者双方の紛争が重ねられるうち、昭和二十九年五月山形県上ノ山温泉に於ける国鉄労組大会で、新賃金及び年末手当要求案を確認すると共に、前年の年末闘争の責任者として解雇の通告をうけている柴谷要を中央執行委員長に、土門幸一を副委員長に横山利秋を書記長に夫々再選した。このため、国鉄当局は公労法第四条第三項に基き国鉄職員たる地位を有する者が組合役員となる迄一切の団体交渉及び便宜供与を拒否する態度に出、その間、国鉄労組は国鉄当局を相手方として、団体交渉に応じるよう東京地方裁判所に仮処分を申請したが、右事件の審理中、千種裁判長の和解勧告により、昭和二十九年七月十二日右組合三役の団体交渉参加問題には直接触れずに当事者双方は団体交渉をすすめるという趣旨の和解が成立した。かくして昭和二十九年十月、国鉄労組は二ヶ月の年末手当を要求したが、国鉄当局の拒否するところとなり、この要求貫徹のため、国鉄労組中央本部闘争委員会は傘下の組織に対し同年十月二十八日から同月三十日迄第一波闘争として、いわゆる遵法闘争と午前中半日の職場大会を、同年十一月九日から同月十一日迄第二汲波闘争として半日の職場大会と遵法闘争を、同年十一月十七日から同月十九日迄第三波闘争として半日の職場大会を、次いで同年十一月二十五日から同月二十七日迄第四波闘争として車掌区におけるいわゆる三割休暇闘争を指令するに至つた。
右の中央本部闘争委員会の指令に基き、国鉄労組門司地方本部は管内の門司車掌区及び鳥栖車掌区に於て、同年十一月二十五日から同月二十七日迄の間に出務全車掌が一日の休暇をとるよう組合員たる車掌を区分し指定することとした。
而して被告人松隈攜は前記門司地方本部副執行委員長、現地指導部構成員で且つ門司車掌区における休暇闘争の最高責任者たる地位にあつた者として、被告人波辺英生は門司地方本部北九州支部執行委員長、現地指導部の構成員として、いずれも右休暇闘争に参加していたものである。
(罪となるべき事実)
前示の如く門司車掌区に於て実施された三割休暇闘争に際し、門司車掌区構内で、国鉄労組組合員約八十名がピケツトラインを張り右車掌区へ出務する一部車掌の就労を阻止しそのため一部列車の運転休止、運転遅延を惹起するに至つたので、前同年十一月二十五日午後五時頃、鉄道業務の円滑な遂行を侵害するものを排除すぺき任務を有する鉄道公安職員長野実教外七十名位は東小倉車掌区から門司車掌区への代務を命ぜられ同車掌区へ出勤する助勤車掌太田文治に附添い、右車掌区構内に至り、折柄同車掌区事務所玄関前の広場に於て数重のスクラムを組み、出務車掌の就労を阻止する態勢にある約八十名のピケツト隊員達に対し、太田車掌の通行方を申し入れたが、現地指導者たる被告人松隈等にこれを拒否せられたため、右長野実教等がピケツトラインの就労阻止態勢を排除して右車掌区に入らんとした際、被告人松隈、同渡辺等は約八十名のピケツト隊員と共に前記鉄道公安職員等に対しスクラムを組み、車掌区への入場を阻止しようと努め、その際被告人松隈攜は鉄道公安職員原田武司の肩を突き、その上膊部を叩き、被告人波辺英生は鉄道公安職員船倉安治の右脚を蹴り、以て夫々鉄道公安職員の公務の執行を妨害したものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
法に照すに、被告人松隈及び同渡辺の所為は各刑法第九十五条第一項に該当するが、前顕証人山下慶治、同原田武司、同寺園明、同船倉安治、同竹之下勇の各供述を綜合すると、右被告人等の所為は、長野実教等の鉄道公安職員が被告人等両名の指導するピケツトラインに突入した際発生したもので、且つ判示の被告人松隈、同渡辺の各所為は、いずれも逮捕される直前になされたものであり、この場合被告人両名はいずれも現実に逮捕されむとする現在の危難があつたと認められる。被告人松隈同渡辺が現地指導部の構成員であり、且つ本件ピケツトラインを張ることじたい、被告人等を含めた組合員等の政府竝びに国鉄当局の仲裁々定不完全実施に対する強い反情を動機とするものであり、このピケツトラインが分断されんとする際、これを放置することは不可能であり、被告人両名共組合の統制に服する以上、恣にピケツトラインを離脱することもできなかつたと認められる。これらの事情を勘案すれば、被告人等両名が前示の危難を避けるため逮捕せんとする者に対し、これを避けようとするの挙動に出ることは蓋し已むことを得なかつたといい得る。併し乍ら本件に於て被告人等が避けようとした害は、被告人等自身の自由に対する侵害であり、被告人等の所為は職務執行中の鉄道公安職員の身体に対する有形力の行使である。被告人松隈が原田鉄道公安職員の肩を突き、上膊部を叩くが如き、又被告人渡辺が船倉鉄道公安職員の右脚を蹴つたが如き矢張其の避けんとしたる害の程度を越えたものといおねばならない。なお、被告人両名の所為は、いずれも積極的に鉄道公安職員に対して抵抗したものとは認められず、且つ前示の通り被告人等が政府竝びに国鉄当局が仲裁々定を完全に実施しないことに痛く不満を抱いていたのでかかるピケツトラインを張るに至つたという事情をも併せ考察すれば情状憫諒すべきものがあるので刑法第三十七条第一項但書により被告人松隈攜、同渡辺英生に対し特に刑を免除するを相当と認める。
(弁護人等の主張に対する判断)
一、弁護人清源敏孝は、本件の被告人等の暴行は鉄道公安職員等の被告人等に対するピケツトライン破りという急迫不正の侵害に対する已むことを得ざるに出でたる正当防衛行為であると主張するけれ共、後述の通り本件に於て鉄道公安職員等がピケツトラインに突入したことは、急迫不正の侵害行為とはいえない。従て正当防衛の主張はその前提を欠き到底採用できない。
二、弁護人等は公労法第十七条は憲法第二十八条に牴触して憲法に適合しないものでその効力を有しないと主張するので、この点につき判断する。
凡そ、基本的人権は、これを分ち、自然的人権と後国家的人権の二とすべきである。即ち、前者は国民に対する国家以前の権利保障であり、憲法第十八条第十九条第二十条第二十一条第二十二条第二十三条第三十一条以下等がこれに属し、後者は後国家的権利として国家的生活を営むことにより始めて享受するものであり、憲法第二十五条乃至第二十九条の権利はこれに属すると解される。後国家的人権は国家の存在を前提として始めて認められるものであるから、これが存立の基礎を危くし、若くはその存在目的に反することは到底容認されない。なる程、国鉄は現在本質的には私企業と共通する性格をもつ。併しその事業が一般市民の生活必需的財貨又は勤労を提供することを目的とし、且つ比較的独占的性質を有し、一般市民の日常生活における利害にも関するところ頗る大にして社会的国家的見地よりする制約が存することも亦自明の理である。
かかる事業に従事する者は、経営者たると労働者たると、そのいずれたるとを問わず、双方共にこの事業の円滑な運営こつき国民全体に対し責任をもつというべきである。これが労使間に紛争を生じたとき、労使の抗争する儘に放置して、その底止するところを知らぬならば、延いて国家の存立も危くされるであろう。しかも公労法は第二十六条以下に、あつせん、調停制針を設けて職員の労働条件に関する苦情又は紛争の処理手続を詳細に規定している。このことに鑑みれば、公労法第十七条だけをとり上げてこれを憲法違反と速断することはできない。
右の如く、従業員の勤労条件が一般労働者のそれに比し、劣ることなきよう監視する制度が設けてあるのであるから、右法条を目して直ちに憲法に違反して無効なりとすることはできない。
右の見地に立てば、公労法第十七条の制限は、公共企業体の事実の性質上、当然の制限であるといわねばならない。
三、弁護人等の本件におけるいわゆる三割休暇闘争は合法なりとの主張について。
前段説示の通り、公労法第十七条が憲法の条規に違反しないのであるから、同法条により、公共企業体の従業員たる鉄道職員が争議行為をなし得ないことは当然である。証人名田重喜、同横山肇、同下畑義行、同野々山一三、同寺崎隆之、同鎌倉繁光、同中原昇、向奥師和、同柳川辰次、同衛藤豊樹の各供述、公判準備期日における証人山室朝士、同岩井章の各供述調書を綜合すると、本件のいわゆる休暇闘争は、昭和二十九年十月、国鉄労組が国鉄当局に対し新賃金、年末手当増額等の要求をしている折柄、国鉄労組の中央本部闘争委員会の指令に基ずき、国鉄労組門司地方本部に放て企画実施したもので、門司車掌区に出務する各車掌をして同年十月二十五、二十六、二十七日の三日のうち一日宛休暇を一齊に請求させ、列車のダイヤを混乱におとしいれ、国鉄当局に打撃をあたえることを狙いとしてなされたものであることが認められる。
しかし、右の如きは、明らかに国鉄労組がその主張を貫徹することを目的としてなされる行為であり、業務の正常な運営を阻害するものである。仮りに、それが年次有給休暇として国鉄職員に権利として認められるものであるとしても、そのことは、右の結論を何等左右しない。個々の休暇請求が(仮りに弁護人主張の如く形成権であるとしても)個別的に行使されれば権利の行使であるとしても、労働組合の統制の下に、業務の正常な運営を阻害することを目的として、少くとも正常な運営が阻害されることを予知し乍ら、一齊に休暇請求権を行使するときは、その権利行使の態様じたい違法性を帯びる。仮りに国鉄当局が、適切な措置を講ずればダイヤの混乱を防ぎ得たとしてもこれ亦、右の結論を左右するものではない。なお、その間、労組組合員の休暇請求については、組合の統制カも強固であつたことは、ただにピケツトラインを張り、出務した車掌を説得してその就労を阻止するに止らず、これを門司駅近傍の南栄寮へ誘導していることからも明かである。
かかる休暇闘争が違法であることはいうまでもない。
次に、本件におけるピケツトラインは、右の休暇闘争という争議行為を裏付けるものであり、右休暇闘争をして実効あらしめるために張られたものである。
休暇闘争という争議行為じたいが前示の通り違法であるから、これを強行するための統制手段たるピケツトラインじたいも亦違法性を帯びることを免れない。前顕各証拠によれば、組合は組合員に対し予め休暇請求表に捺印を求め、組合役員はこれを一括して現場長へ提出し、この休暇の区分じたい組合の戦術的判断に左右され、休暇請求権者自身の意思は著しく後退していること、これによる列車ダイヤ混乱の効果を確保するため、車掌区にピケツトラインを張つたことが認められる。これらは、いずれも休暇闘争を有効ならしめようとする一連の行為と目されるから違法といわねばならない。
しかして、憲法は違法なピケツトラインを張る自由を保障するものではない。
四、弁護人らの鉄道公安職員は公務員に非ずとの主張について
弁護人らは、鉄道公安職員は、公務員に非ずと主張するけれ共、国鉄の職員は、日本国有鉄道法第三十四条により、法令により公務に従事する者とみなすと規定され、これを刑法第七条に照し考察すれば、国鉄職員(鉄道公安職員)が公務員であることは明かである。この点に関する弁護人の詳細な所論も畢竟独自の見解に過ぎず、これを採用することはできない。
五、弁護人は本件鉄道公安職員の行為が公務の執行に当りといえないと主張するので、この点につき判断する。
本来鉄道公安職員は、司法警察員としての職務の外に、警備に関する職務をもつ。このことは、鉄道公安職員基本規程第三条の規定によつても明かである。
乗務車掌が列車乗務を阻止されることが充分予想されるとき、これを防護することはその当然の任務でもある。
前示の通り、右任務遂行の際、鉄道公安職員達とピケ隊との摩擦が生じたことは事実である。
本来、右ピケツトラインは、スクラムを組んで車掌を車掌区に入場させることを阻止する目的で張られたものであり、鉄道公安職員を入場させることを阻止する目的でないことは、いうまでもない。尤も、車掌が鉄道公安職員を伴うならば車掌を就労させぬ手段として、鉄道公安職員の入場をも阻止する。そのためには、ピケ隊員じしんも、自己の身体で通路を遮断するのである。
その際、鉄道公安職員が、いわゆる実力行使をなしたことが問題となつているが、そのことじたいピケ隊員自身も事態の発生を充分知り得べき状態にあつた。
本件に於て、ピケツトラインを張ることじたい、前述の通り違法であるから(罰則こそないけれ共)これは、鉄道営業法第四十二条第一項第三号第三十七条により、妄りに鉄道地内に立入りたる者というべきである。
尤も、右法律第四十二条は旅客公衆を対象とするが、本来この法条は、鉄道地内に妄りに立入つているものを排除して輸送業務の円滑な遂行を確保するのが立法理由であるから、この理は対象が鉄道職員であるからといつてその適用を妨げられると解すべきではない。
従つて、本件に於て右のようなピケツトラインを排除することも、鉄道輸送の円滑な遂行を侵害する者を排除するものとして鉄道公安職員の公務の執行というべきである。
(無罪とすべき事実)<省略>
以上の理由によつて主文の通り判決する。